私を信じてほしい

http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/091119/stt0911191719010-n1.htm

ふつう、私を信じてほしいという言葉には「細部で意に添わない部分が出るかもしれないが基本的にはそちらに悪いようにはしないから」「なんかごちゃごちゃあるけど、こちらの細かいもめ事は私が片付けるから」細かく口を出さずに処理を任せて結果を待ってほしいという意味で使うと思うのだが、その結果「やっぱりだめでした」という100%の否定はあり得ないと思うんだよね。
基地移転の問題で一国の代表者が「私を信じてほしい」(注:「もう少し時間をくれ」とか「まだ話し合う必要がある」とかじゃなくですよ)と言うからには、基本的には日米合意の線で話を進めるという結論以外あり得ない(その結論以外は国際社会での信用を失う、つまりまともに話が出来る、話が通じる国ではないという評価になってしまう)と思うんですが、次の日の夜には「日米合意が前提なら作業部会を作る必要はない。年末までにあげなければならないと(米側に)約束したわけではない」と言ってしまうっていうのはなんなのよ。
鳩山個人がこいつは言葉が軽い、こいつの言うことは信用できない。額面とおりとれないと思われる分には事実その通りなのでしょうから問題ないですけど、ことは日本という国の問題になってるんですから、それはものすごく困る。


最近は岡田の方が日米合意に沿う形でいいやという姿勢にかわりつつあるのでこれで問題は収まるかと思ったら、トップがこれじゃあねぇ。
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20091121AT3S2101D21112009.html
オバマには速やかに解決すると言ってる口で、国内向けには「年内はない」ですよ。